この連載では,わが国の再生医療の研究が世界最高水準にありながら,その実用化はきわめて困難であることを解説してきた。規制監督する立場にある厚生労働省の権限は絶大であり,再生医療の将来は学者ではなく官僚が握っていると言って過言ではない。私は大学卒業後,一貫して医学部とその附属病院で活動してきた。つまり文部科学省管轄の世界から一歩も出たことはなかったのである。多少不自由があるものの,日本の文科省管轄の学問世界は比較的自由な研究環境が保証されている。先端医療の実践も,学内の倫理委員会の承認さえ得れば可能だった(これはこれで問題だが)。ところが大学附属病院以外の一般病院は完璧に厚生労働省のコントロール下にあり,薬事法,医師法,保険制度といった縛りが複雑に組み合わさり,再生医療のような最新医療の実用化を妨げている。
海外事情
では,われわれは永久に再生医療の恩恵に浴することができないのだろうか? そうではない。少し視点を変えれば,小さくはあるが突破口が見えてくる。キーワードは「海外」と「特区」である。今回はその可能性について論じてみよう。再生医療が遅々として進まない日本を尻目に,アジア諸国では着々と実用化が進んでいる。韓国,シンガポール,中国,台湾,タイでは再生医療が実際に市中病院で行われている。特に韓国では再生医療が盛んで,2006年時点で約70の再生医療関連ベンチャーが存在し,既に10品目の製品がKFDAの承認を得ている(日本では1品目のみ)。またシンガポールでは,外国人向けの高級医療機関で再生医療が行われており,政府はこうした先端医療を売りに,現在30万人と言われる外国人患者を100万人に増やす計画を進めている。国土が狭く資源も豊かではないシンガポールとしては,先端医療を重要国家戦略の1つとして取り上げ,国の存立を図ろうとしているのだ。まさに医療立国である。個人的経験でも,知的財産部を通じて技術の実施権を求めてコンタクトしてくるのは,海外企業ばかりだ。
先端医療の国際分業
そこで,やや皮肉な意味を込めた提案がある。先端医療の国際分業である。日本は基礎研究に特化して「特許」の確保に専念する。同時に大学病院を中心に先端医療の臨床研究を細々と続けノウハウの蓄積を図る。つまり,やろうと思えばいつでもできる状態だけは担保するのだ。ただし広範な実用化や臨床応用は外国にお願いする。日本は特許のライセンシングのみを行い,その対価を得る。ただし,このスキームの最大の問題点は,肝心の日本国民が外国に行かなければ,日本発の先端医療を受けられないということだ。どこか臓器移植の現状と似ていないだろうか。心臓移植に限って言えば,国内で移植手術を受けたケースの3倍の患者さんが海外で手術を受けている。本音を言えば医療の国際分業など荒唐無稽である。自国民に最高水準の医療を提供できない制度など根本から改めなければならない。
規制緩和の医療特区
ほかに方法はないのかと言えば,そうでもない。制度上は,日本のなかで規制を緩和し先端医療を実施することは可能である。いわゆる医療特区である。この制度はそもそも小泉内閣の経済活性化策として,経済財政諮問会議のなかで発案された。地方自治体などが,一定の地域を対象とする経済活性化事業を独自に提案し,政府が実現可能と判断すれば,必要な規制の撤廃,緩和を特例として認めるというものである。再生医療はこの医療特区の具体的事例として取り上げられている。しかし,医療特区として現実に認められたのは横浜市に乳房再建を実施する株式会社クリニックができたにすぎない。これではとうてい再生医療の普及にはつながらない。私の提案はこうだ。特定の地域の病院に巨大な細胞培養センター(GMP基準準拠)を民間の資金で建設する。培養センターは市内の医療機関からの要望に応じて,有償で細胞の培養と安全性のチェックを行う。これらの作業はすべて医師の監督と責任において行われ,薬事法に基づいて企業体が培養作業を行うのとは異なる。培養センターの建設に出資した企業は細胞培養代金を病院から回収し,経営を成り立たせる。要は現行の大学病院などで行われている臨床研究を地域全体に拡大し,企業の資金で細胞培養施設を設立しようというわけである。再生医療の実現で一番のネックとなるのは,培養設備と細胞培養および検査技術である。共同利用型の培養センターを核として,細胞の移動を可能にすれば,再生医療の実施病院を一気に拡大し,治療を受けられる患者さんを増やすことができる。その特区は,さながら国内のシンガポールのようなもので,他県や外国からも先端医療を求めて患者さんが集まるだろう。このことは間違いなく地域経済を活性させるので,構造改革特区の趣旨に合致する。医療の国際分業,医療特区も実現すれば再生医療の実現に一歩近づくアイデアであることは間違いない。しかし総論賛成,各論反対の官僚社会を突破し,具体的な成果に結び付けるには,小泉さん並みの強力なリーダーが医療界に出現するほかはないのかもしれない。












