インフォームドコンセント(informed consent)という言葉は,一般社会にかなり浸透している。この言葉は長年にわたる医療者のpaternalism(父権主義,権威主義)の否定から誕生した新しい概念で,わが国における医療の現場では,依然として多くの課題を残していることに我々は留意しなければならない。
生命倫理bioethicsの誕生
第2次世界大戦直後,ドイツと日本で歴史に残る国際裁判が行われた。有名なニュルンベルク裁判と東京裁判である。ナチスが行った残虐な人体実験の事実は全世界に衝撃を与え,1945年11月20日から403回にわたり開廷された裁判の訴因のなかでも共同謀議,平和に対する罪,戦争犯罪とともに「人道に対する罪」が強調された。人体実験は,旧日本軍政下でも行われていた。なかでも実験に関与した医師に求められた厳しい自己批判と反省は,欧米を中心として急速に高揚してきた人権運動とともに,1949年の世界医師会によるジュネーブ宣言やヘルシンキ宣言をはじめとする数々の活動へとつながった。そこで「生命倫理bioethics」という新しい考えを芽生えさせたが,これは,ヒポクラテス以来の古典的なmedical ethics(医の倫理)とは本質的に異なる。
誤解された informed consent
1950年代の米国では,医師が患者に詳しい説明をするという習慣はなかった。1960年代になってようやく,生命倫理の新しい概念としてbioethicsという用語が定着しはじめる。これは,米国における患者の権利意識が向上したため,しだいに増加した訴訟に対する医師達の自己防衛に起源を持つことは,まちがいない。こうして登場したのが,問題のinformed consentである(吉澤信夫;望ましいコミュニケーティド・コンセント,日歯医師会誌,46;380-381,1993)。
がんの告知
わが国においては,ようやく1990年ころになって米国から輸入されたものの,その概念の理解には当初から錯誤を伴っていた。すなわち,患者の権利であるinformed consentは,裏をかえすと医療者にとってはaccountability(説明責任)にすぎないのに,あたかも医療者にとっての崇高な目標のように捉えられたりした。また一方的な機械的説明は,わが国の歴史や文化に馴染んだ患者や家族との間に少なからぬ混乱を生じた。がんの告知,治療に関連した議論には,日本人の場合,アングロサクソンと異なった複雑で理解しがたい素地が絡むことを,多変量解析で有名な故・林知己夫教授(文部省統計数理研)が豊富なデータとともに強調している。
文書提供の意義
患者に対する説明を証拠として文書に残した場合に,各種の医学管理料という名目で支払われる現行のシステムは,多忙な歯科医療の現場ではきわめて評判が悪い。しかし,説明責任に対する報酬による評価は,歯科の将来にとって貴重であることを認識しなければならない。金子久章氏によると「歯科医師が昨今の保険制度に対してよくいうことの1つに"治療に専念したい"という言葉があるが,これは出来高払制度の弊害でもある」(日本歯科新聞,第1535号)という。せっかく医学管理の点数がある程度導入されてきたのに,カルテ記載や文書提供が煩雑なため,"治療に専念できない"というのは,「悪い言葉で言えば補綴職人に専念したい」と言っているのも同然だ,と指摘している。筆者の臨床はred eyeならぬred mouth(金子氏によれば,う蝕・急性炎中心の急性期対応)に関係する立場ではあったが,white mouth(同,慢性期対応)の診療報酬体系が,出来高払いと並行して確立されなければならない,と考える点では同感である。



















