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歯科医療の隙間と周辺 山形大学名誉教授 吉沢信夫

  • 口腔と全身をどう捉えるか
  • 歯科医療の拡大と他領域とのあつれき
  • チーム医療と条理
  • インプラントと顎(歯槽)堤形成術(その1)
  • インプラントと顎(歯槽)堤形成術(その2)
  • 歯科理工学と医工学
  • モニタリングと看護
  • 障害者歯科からの問題提起
  • 歯科麻酔と救命救急
  • 医療におけるコミュニケーション
  • 臨床研修必修化で拡大した医歯間格差
  • わが国の医療と歯科医師過剰論

医療は法律によって規制されている。しかし,歯科医療の境界ではその範囲は流動的で,固定されたものでないことは,前回述べた。加えて近年は科学や医学の進歩発達によって,日々新たな問題が続出している。生殖医療,再生医療,移植医療,遺伝子医療,代替医療,救急医療,死の医療などなど,法にかかわる問題は枚挙にいとまがない。

法律の欠陥
法律は,一度制定されると固定化されたり,ひとり歩きしたりする。制定後に想定外の変動が起こり,それに応じた改正がなされたとしても対応が遅く,長期的に見ると階段状の処理に止まることが多い。そのため,連続的に変化する人間社会の現実と法律との間に乖離が生ずることは宿命的に避けられない。かつては「慣習」が広い空白部分を埋めてきたが,今日ではその空白部分を「法の隙間」として反社会的に悪用する者が続出する危険な時代となった。法律の改正には大変な作業が必要とされるため,問題が生じるとその都度,霞ヶ関の省庁が便宜的に解釈を加える通達行政をやむをえず繰り返している。しかし,そうした対応でも新たに発生する具体的な問題をすべて網羅することは到底できない。社会保険の診療報酬に関する審査基準が,都道府県により異なることなどもその1例である。医療従事者は,否応なしに法理の尊重を求められる。加えて近年は,倫理の重要性がいっそう強調されているが,いまだ十分条件には及ばない。そこで,医療を支えるもう1つの要素,すなわち「条理」の必要性について提起したい。条理とは簡単に言うと,個々の物事の道理,つまり筋道である。

必要なチーム医療,コミュニケーション
厚労省の提唱する「安心,安全な医療の提供」は,患者や家族からの医療への要望であるにとどまらず,医療従事者による医療行為の実施においても最大の目標となっている。受診から治療,さらに予後にいたるまで,医療従事者の独断専行はもはや許されない時代となった。これは法理上免許を有する医療従事者であっても,事実上診療行為の裁量権を失い,代わりに診療行為のメニューを患者側に呈示することで,その選択・決定権を完全に患者側へ委ねていることからも明白である。医療現場では常に,患者側の理解と了承(同意・選択・決定)を得るための詳細な説明や,患者側からの質問に対し,明確で適切な回答をすることが求められる。そのためにはまず,患者側に医療従事者側の責任の所在を明示する必要がある。そして,医療従事者は医療チーム内のカンファレンスやreviewなどを踏まえたうえで慎重に検討を行い,患者側に客観的かつ妥当な具体的提案を行っていることを,文書などによって担保しなければならない。

EBM,NBM,そしてPBM
医療従事者は,EBM(Evidense Based Medicine)と,それを補完するためのNBM(Narrative Based Medicine)に沿った,当該患者に最適な条件を具備した医療を提供することが理想である(最近では,これらの議論はさらに拡大し,Population-based Medicineを重視する立場が台頭している)。すなわち医療はあらゆる面で,個々の患者の状態に適した計画と実践が求められる。もちろん患者情報は適切に保護されなければならないが,その一方で複数の医療従事者による徹底した症例検討が,数回にわたり実施され,情報共有されることも必要である。歯科医師が1人しかいない場合は,歯科衛生士などを含めたスタッフミーティングで検討を行う。判断の難しい症例については,近隣の専門家と連携してセカンドオピニオンを求めたり,peer review(同僚による評価)を効果的に実施するようにする。歯科医師臨床研修制度が必修化された数年後には,このようなコミュニケーションが標準的なシステムになっていることを期待したい。

"遵法"と不作為からの脱出
遵法精神は基本的に大切である。ただし,法に触れなければ何をしてもよいわけではないし,不作為の罪もありうる。結局,複雑多様な医療の現場で医療の本分であるArtやProfessionalを活かすためには,法理や倫理を超えて,新しいプロ意識とチーム医療に裏付けられた「条理」の基盤が必要であると言えよう。



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