歯科理工学は,歯科大学がまだ専門学校であった時代から存続してきた教育科目である。その内容として,主に歯科材料や機械器具に関する教育が挙げられる。また周知のことではあるが,歯科理工学は歯科医師のみならず歯科技工士においても,重要な教育科目となっている。
歯科技工士の悲劇
歯科技工士という職種は,歯科医院の技工室から生まれた。すなわち多くの医療職がそうであるように,歯科医師の業務を分担するという実態が先に存在して,歯科技工士の法的国家資格は第2次世界大戦後に整備された。外国の制度をそのまま導入(後に日本向きに改正)した歯科衛生士とは,この点で大きく異なっている。そのため,歯科技工士は歯科だけの"専従職業"という枠の中に取り込まれ,抜け出て発展する機運が乏しかったのではないかと思われる。その歯科技工士業が近年,歯科医療の停滞とともに魅力が失われ,その教育機関の廃止も相次いでいる。この現象は歯科技工士だけでなく歯科全体の地盤沈下,さらには国の医療制度全体にとっての損失であることを,筆者は指摘したい。歯科理工学を名実ともに,「医用理工学」とすることは不可能だったのか。遅きに失した感がある歯科技工士の業務拡大を,あえて考察してみたい。
遅かった医工学
医学部の教育において古くから薬理学はあったが,薬剤学は皆無に近かった。なぜなら,薬剤学は薬剤師に任せきりだったからである。すでに,保健師,助産師,看護師(保助看)などのコメディカルはあったが,放射線技師,臨床検査技師は第2次世界大戦後に法制化された。しかし,医用器械や材料を専門に扱う職種はなかった。医工学という新しい学問が芽生えたのは,ごく最近のことなのである。近年の医療においては検査,治療・手術用器械,監視機器などが次々と登場した。しかし医療機器の初期操作,修理,管理に関しては製造業者や納入業者頼みになりがちで,医師や歯科医師は業者から説明と指導を受けながら使用開始するのが実情である。例えば,閉鎖循環式の全身麻酔器の修理ともなると,麻酔医でさえ手を出せない。ちょうど自動車の運転はしても,その構造までは理解していない現代のドライバーがメンテナンスをほとんどしないのと同様である。そのため,医療従事者は故障が生じた時点で業者に連絡を取り,そこからの対応に期待するしかなかった。
臨床工学技士の誕生
人工透析が普及したころから,看護師ではなく専門の技師の必要性が指摘されるようになった。しかし,「臨床工学技士法」が制定されたのは1987年5月であったばかりか,その教育機関の整備はもっと後になってからのことである。現在でも,心臓手術の人工心肺装置が配置される公的病院においてさえ,臨床工学技士の定員はたった1名というところが少なくない。また,整形外科やリハビリテーションの診療科がある病院でも「義肢装具士」の定員配置はなく,採型,製作のすべてを外部委託している。ギプスを巻くための石膏処理に際して,整形外科医がひとりで苦労していることさえある。このような医療従事者の需要と供給に関わるミスマッチは,歯科の周辺にも少なからず見受けられる。
歯科技工士の再生のみちすじ
歯科技工士のなかには,基本的な技術力のみならず,すぐれて幅広い適応力を持っている人が多く見られる。狭い歯科の分野に限定することなく,多種多様な医療機器に関わる知識を持ち,部分的であっても管理できる技能を習得するみちすじが歯科技工士にあったなら,今日のような低迷状態に陥ることはなかったのではないか。若干の履修年限の加算はやむを得ない。一方の歯科衛生士においては,2級ホームヘルパーやケアマネジャーの資格を取得する道が開けた。この流れを踏まえたうえで,歯科技工士の苦境を打開する方略においても,歯科界全体の資源を効果的に中長期間投入すれば,全く不可能とは思えない。



















