昭和30年代は,既設歯科大学の拡充が行われた時代であった。大学院の設置とともに講座制が敷かれ,臨床の主体である歯科保存学,口腔外科学,補綴学については複数,しかも保存,補綴については3講座制をとる大学さえ現れた。40年代に入ると,新設大学が登場する。上記の講座以外にも院内標榜の診療科ではあったが,小児歯科,歯科放射線科,歯科麻酔科などが開設された。しかし,小児歯科のスペシャリティには,当初から疑問を持つ向きが少なくなかった。眼科や耳鼻科,皮膚科には「小児~」など存在しないからである。一方,障害児/者や有病者を対象とした歯科医療については,問題意識さえなかった。
う蝕から歯周疾患へ
当時は子供の患者が多く,歯科疾患のほとんどはう蝕であった。成人の患者だけでも手一杯の診療所のなかには,扱いの厄介な子供の治療を排除せざるを得ない事態も生じていた。このような社会的背景から,小児歯科の存在意義を認めた歯科大学病院は,保存科などから小児歯科を分離させてオープンした。開設当初は診療科だけの小規模な組織としてスタートし,患者のほとんどは自力歩行が可能で,合併症も障害もない,時に号泣するだけの"健常な小児"であった。やがて,健常小児を対象とする歯科診療から,自治体の開設するこども医療センターなどで障害児をおもな対象とする歯科診療に転進するパイオニアが現れ,今日の障害者歯科の礎を築いてきた。今や日本障害者歯科学会は約4,000人の会員を擁する規模にまで拡大し,歯科衛生士や看護師も比較的多く加入している。
問題多い歯周病ガイドライン
社会保険医療の療養担当規則の背景には,種々のガイドラインが定められている。1例として,過去20年近く物議をかもしてきた歯周疾患を挙げてみる。現行の「歯周病診断と治療のガイドライン」は事実上対象を健常者に限定し,しかも小児を除外している。しかし障害児の場合,比較的早期に歯周病を発症し,年齢制限を共有できない。内服薬の影響などで歯肉肥大を伴う例も見られるが,歯周検査,特に各歯牙を6点法でプロービング(歯周精密検査)することやパノラマX線写真撮影は,障害児においては不可能に近い。近年増加している自閉症スペクトラムの場合は,歯石除去さえかなりの困難を伴う。まして,このような患者に対し,6点法を前提とする歯周外科(歯肉切除,剥離掻爬手術)を実施することは,ガイドライン上許されない。
咬合・咀嚼から摂食嚥下へ
消化器としての口腔機能は咬合,咀嚼の段階で完結するものではなく,「摂食」という嚥下を含む広い概念への理解が必要である。それなくしては「食育」もおぼつかない。嚥下を耳鼻咽喉科の専門領域と見るのは早計で,耳鼻科では一般に嚥下指導などを事実上担当してはいない。
Video fluolographyの手技と診断
嚥下機能障害の有無を見る場合に行う検査法の1つに,X線透視下のビデオ嚥下造影法(video fluolography,VF)がある。これは種々の粘度の飲み物,食物に造影剤を混ぜて患者に摂食させ,これらが咽頭部から円滑に食道へ送られるか,あるいは気道に迷入(誤嚥)するかを観察し,撮影するものである。このときに使用される造影剤は,誤嚥しても為害性の少ないものが適している。脳・脊髄・関節・子宮卵管の造影剤であるイオトロラン(商品名「イソビスト」)が望ましい。本剤は,肺毒性の低い低浸透圧性非イオン系造影剤であることと,甘味な経口剤であるというきわめて有利な特徴を有している。しかし社会保険で認められる造影剤は,廉価な消化管用の硫酸バリウム製剤であって,誤嚥されれば肺炎を誘発する危険性があることを覚悟して投与しなければならない。摂食・嚥下に関するリハビリは言語訓練と同様,歯科でも積極的に担当すべきであると思われる。その一環としてvideo fluolographyは,現時点において摂食・嚥下の機能を評価する上で不可欠な検査法であることを,歯科だけでなく他の領域の方々にも認識してもらう必要がある。



















