2005年8月,東京医科歯科大学歯学部の川渕孝一教授は,驚くべき論文を発表した(日本歯科医師会雑誌,Vol.58,No.5)。当時は小泉政権で,郵政民営化などの構造改革が第3コーナーを回った時期である。
構造改革と"特区"
2001年以来の構造改革「特区」構想の流れを見据えて,国立大学法人化の危機が叫ばれる中に,川渕教授は「歯学部総合医療センター特区」すなわち治験を一手に医科歯科大学で請け負うという構想,さらに歯科医師過剰問題の解決策として「ダブルライセンス特区」構想を歯学部教授会あるいは厚生労働省,文部科学省に投げかけたという。しかし,この提案が日の目を見ることはなかった。折悪しく札幌に発生した救命救急問題で2003年3月に有罪判決を受けたことが致命的となったのである。せめて慢性的医師不足に悩む麻酔科の分野だけでも,とねばったが"万事休す"に終わる。内情はともかくよほどハラに据えかねたのか,川渕教授は現状維持を是とする"老害"が政界だけでなく,官界,財界,そして学界すべてに及んでおり,日本では構造改革は絶対にありえない,と自暴自棄的に突き放している。
医科側からの歯科業務見直し提案
麻酔医の不足については,2006年7月12日に開催された厚労省の「医療施設体系に関する検討会」(医政局長の私的検討会)で,山崎學日本精神科病院協会副会長の発言が注目された。供給過剰傾向にある歯科医師の需給問題に関連し,「医科の麻酔医は不足している。一方,歯科では麻酔も扱っていることから,歯科業務の見直しを検討したほうがよい」と述べた(日本歯科新聞,2006年7月18日)。端的に言えば,歯科麻酔専門医の医科への兼業導入を提案したものである。さらに同年7月25日の同紙のコラムで,松尾通氏は「医師養成に歯科医師枠を」という持論を展開している。詳細については割愛するが,アメリカにおける「麻酔看護師」の存在もこれらの背景として考えられる。歯科麻酔は,一般の麻酔と変わらない。ただし,手術の部位が顎顔面口腔であるか,それ以外のどこかという違いはある。周術期管理,すなわち術前から術中,術後に至る患者管理に若干の差があるだけだ。ある医学部の麻酔指導医は言う。「歯科麻酔のひとは優秀だから,われわれと一緒に仕事をしてくれると大いに助かります」。特に,胸腹部以外の手術であれば全く問題ない。気道の管理においてはむしろ長けているようだ。そのうえ,麻酔医がたった一人で麻酔と患者管理を,長時間担当しているという現場の窮状もある。
歯科側の消極的姿勢
歯科界が乗り気を示さないことは不思議に思われてならない。歯科麻酔の発展,特に人材の育成においては医科麻酔の協力や支援が大きかったことは確かであろう。しかし,すべての団体が尻込みすることなく,この麻酔医不足の問題を建設的に社会全体の問題として捉えるべきである。今のままでは,歯科麻酔の人材が十分に有効活用されない。これは,国家的損失である。現在の消極的な姿勢によって,関連する大多数の歯科臨床医が萎縮することのないよう努力しなければならない。これは何も,麻酔に限ったことではない。例えば,感染症,特に世界的に流行(Pandemic)が懸念されているインフルエンザ対策などにおいて,10万人の歯科医は知らぬ顔ですむであろうか。これは歯科界のエゴイズムとしてではなく,真に社会的ニーズに対応した活動と捉えるべきだ。社会性を政治性と混同することのないよう配慮しながら,日本歯科医師会,日本歯科医学会,歯科大学,医科大学歯科口腔外科,総合病院歯科口腔外科などが一致して,このような方向に向けた戦略を構築することを願っている。



















