歯科疾患は直接に生命を脅かすような疾患ではないため,つい患者さんの口のなかを見て悪いところを治せば終わり,と考えている歯科医師が多いのではないだろうか。私も,かつてはそのような歯科医であった。しかし,歯周病を専門分野とした者として,そのような考えを大幅に修正しなくてはならなくなった。それは歯科疾患,とりわけ歯周病が全身に大きく影響を及ぼしているからである。
動脈硬化などの病因の一部に歯周病原菌が関係
最近の論文で,頸部動脈硬化病変は口腔内の状態に強く関連することが述べられている。私どもでも,動脈硬化や動脈瘤,バージャー病の病因の一部に歯周病原菌が関係していることを報告した。そのほか,よく知られた事実としては,糖尿病の状態や出産時の低体重児も歯周病の状態と関連している。このように,歯周病を治療することは全身の健康を守ることに大きく貢献する。また,これからますます高齢化社会を迎えるに当たって,正しく咀嚼できること,正しく話せることは,人生のQuality of Lifeを高める重要な因子となる。そして,これを正しく保つことができるのは歯科医療だけである。
増える歯周病と全身の健康状態の関連性の研究
1997年に米国のノースカロライナ州のチャペルヒルで,「歯周病と人間の健康:歯周病学における新しい視点」と題したシンポジウムが初めて開催された。「口腔の感染は,全身の健康状態や全身疾患の発症と重症度に多様な影響を及ぼす」との概念が提唱され,関連する研究が発表された。その後10年の間に,多くの研究施設が歯周病と全身の健康状態の関連性に注目し,その成果が歯学や医学の専門雑誌に発表されるようになった。とりわけ心臓血管系や末梢血管系の疾患,糖尿病,呼吸器疾患,妊娠時の早産や低体重児といった重要な全身の健康状態に歯周病が及ぼしている影響や実際の役割について,私たちの知識は急激に増えてきている。「歯周病学と冠状動脈疾患:感染の再評価」「Porphyromonas gingivalisに対する高い血清抗体価は心不全を予測する」「歯周病原性細菌の抗体価と脳梗塞のリスク」「歯周炎患者と初期の頸動脈の動脈硬化」「歯周疾患と2型糖尿病患者の死亡率」などは,極めて高い評価を受けている医学雑誌に最近発表された論文であり,歯周病とこのような疾患の間に明確な相関関係を見出している。Dr.Stemmは,「以前では考えられなかったことであるが,産婦人科,心臓血管系にかかわる臨床医と歯周病にかかわる歯科医は,協調して学問の進歩に貢献している」と述べている。
動脈壁に病変を実験的につくり出すことに成功
歯周病が全身疾患に影響を与えるメカニズムとして,バイオフィルムがあげられる。デンタルプラークやバイオフィルムから出されるさまざまな細菌因子により,歯根周囲に炎症が起こり,歯周ポケット内面はしばしば潰瘍となり,そこから細菌本体や細菌産生物質であるLPS(内毒素),分解酵素などが全身の循環器系に入りこむ。また,口腔内の細菌が気道を介して気管支,肺などの呼吸器に感染し,気管支炎,肺炎の起炎菌になることも報告されている。さらに,過剰な炎症性サイトカイン,メディエーターの産生がある。ポケットに面した病変部では,細菌感染に伴う宿主の炎症反応が継続的に起こる。好中球,マクロファージ,リンパ球などは炎症性メディエーターであるIL-1,TNF-α,IL-6,PGE2を産生し,これらが血流に入り全身に影響を与える。実際,血中のIL-6,TNF-αや肝臓でつくられるCRPの値は歯周病患者で高く,治療により低下することが知られている。最近では,P.gingivalisのheatshock proteinが生体のそれに類似していることから,動脈硬化症の原因となることが示唆され,動脈壁に病変を実験的につくり出すまでになっている。これから,ますますこの分野の研究が重要視され,前進すると思われる。



















